2011年11月28日

スローフードとは何だったのか?(9)

"おいしい、きれい、正しい"食品の世界イベント(9)サローネデルグースト.jpg▲2008年の「サローネ・デル・グスト」(photo/石田雅芳)。

世界中から集客する、さまざまな大イベントをしかけてきたスローフード協会。
中でも、スローフード協会の主幹イベントとなるのが、2年に1度イタリア・トリノで開催される「サローネ・デル・グスト」だ。
今や世界最大級の食の祭典として注目を集めている。

なぜ、このイベントが、こんなにも世界中の農業や食品関係者を熱狂させるのか?
スローフードジャパン副会長の石田雅芳さんに伺った
(聞き手、構成/永田麻美)

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――「サローネ・デル・グスト」が始まった経緯は?

「サローネ」とは英語のサロンのこと。1970~80年代あたりに行われていた、産業振興のための博覧会をそう呼んでいました。「グスト」とは、テイスト、味覚のこと。つまり、味覚サロン、味覚の博覧会という意味です。
スローフード協会にとっての「サローネ・デル・グスト」は、世界中の味覚を守るためそれを展示する博覧会という位置付けです。

当初は、現在行われているものとは多少違い、ピエモンテの有名なレストラン経営者やワイン醸造家が参加するなど、もっとグルメ系のベクトルを持っていました。

回を重ねるごとに「サローネ・デル・グスト」も進化していき、やがて「エノ・ガストロノミー」をもじった「エコ・ガストロノミー」という造語も生み出しました。「エノ」は「ワインの」という接頭語、「ガストロノミー」は食文化を指します。「エコな食文化」とは「Buono, pulito e giusto」=「おいしい、きれい(環境に負荷をかけず持続的な製法)、正しい(正しい製法で正しい対価が払われた)」というスローフード協会が提示する食の理念の中のpulito=「環境条件」であり、環境持続性のある食べ物を考えようと主張につながっています。

「サローネ・デル・グスト」では、その年の「味の箱舟」運動や「プレシディオ計画」についても発表が行われます。つまり、「サローネ・デル・グスト」が行われるたびに、スローフード協会の核となるプロジェクトが打ち出されていく。スローフード協会が2年に1度施政方針を示す場にもなっているのです。

現在では、スローフード協会の定期市であり、ほぼ世界一大きな食品市に成長しました。イタリア人の食品関係者はここに自分たちの商品を持って行くことが夢でもあります。出展すること自体がステータスなのです。だから、もう何年も前から出展予約のために画策したり、「プレシディオ計画」に選ばれるようにプッシュしてくるなどみんな一生懸命です。


――実際会場にはどのようなブースがあるのでしょうか?

大きくは、「プレシディオ計画」や「味の箱舟」などのスローフードが何らか手を掛けた食品・生産団体のブースと、それ以外の食品・生産団体のブースに分けられます。ただ、来場者のお目当ては"スローフードファミリー"のブースです。そこに展示されている、スローフードが世界中で守っている物を見に来るんです。
最初の頃の展示はイタリア国内の生産物だけでしたが、プロジェクト自体が世界にどんどん広がり、今ではラテンアメリカ、ロシア、北欧など世界のありとあらゆる場所からもたらされた生産物が並びます。

展示は、一種の「ファーマーズ・マーケット」のような形態で、ブースには必ず生産者が立っています。言葉の問題に対応するため、ボランティアの通訳をブースの中に配置しています。
基本信条は、食べ物をきちんとコミュニケーションできるブース。ですから、各ブースで必ず、試食や生産作業のデモンストレーションなどを行います。

大きなスポンサー用のブースもあります。たとえばイタリアの州ごとのブース。ここはより公益性が高く、スローフード的なコンテクストの中で州ごとに食品をプロモーションしています。そうした大きなブースを与えられたところは、イートイン施設を併設することが多く、テーマ性のある夕食会を開きそれに合う地域のワインを出すなど立体的な展示を心がけています。


――スローフード的なコンテクストとありましたが、出展に際し何か規制や基準はあるのでしょうか?

特にありません。しいていえば、Buono, pulito e giusto(おいしい、きれい、正しい)食べ物を展示することです。また、遺伝子組み換え作物は持ち込み禁止。これは厳格に守られています。
さらに、少しずつエコ・サステナビリティの考えを取り入れています。ここ2回ほど、展示や食事で使った食器、ナイフやフォーク類は生分解するものを使うようになってきています。


――前回のお話の中で、「プレシディオ計画」に選定された生産者にはスローフード協会がパンフレットを作ってくれるということでしたが。

パンフレットは、三つ折りでごく簡単な物です。必要最低限のインフォメーションが載っていて、携帯しやすいサイズになっています。ですから、来場者の中でもスローフードのファンは「プレシディオ」コーナーを覗きながら、各ブースのパンフレットを集めて回ります。それが、少しずつ溜まると、スローフードが行うプロジェクトの情報カードのような形になるんです。4カ国語まではスローフード協会が翻訳料も出します。


――なるほど。「プレシディオ計画」食品は、スローフードイチオシとして「サローネ・デル・グスト」でもスポットが当たるわけですね。

他にも、「サローネ・デル・グスト」内で開催されている「シアター・オブ・テイスト(味覚劇場)」というプログラムのテーマ食材として取り上げられることがあります。これは、世界中から招聘された有名シェフたちが行う料理ショー。ですが、単なる料理ショーでなく、シェフがその食の歴史、食材、道理を語り、作っているところを見せて食べさせるという食育的なプレゼンテーションをします。日本の寿司職人や嵐山吉兆三代目の徳岡邦夫さんもこの舞台に立ちました。(9)味覚劇場.jpg
▲「サローネ・デル・グスト」の味覚劇場に登場した銀座九兵衛の店主(photo/石田雅芳)。


――スローフードの食育メソッドは実に多彩で素晴らしいですね。

もう1つ、この食の祭典で開かれる「ラボーラトリオ・デル・グスト(味覚ラボ)」というワークショップも見所満載です。
ただ、「味覚劇場」に比べるとこちらは地味で真面目な試食会です。参加者は大学の研究室か教室のような広いところに座り目の前の食材を試食するのですが、テイスティングのための専門家、食材の生産者、ワークショップをスポンサーしているワイン醸造家や歴史家などと共に、食べ物を多角的に解剖していきます。

テイスティングの専門家がいるのはワインだけではありません。他のそれぞれの食材にも試食の専門家がいます。チーズの場合、まずチーズを見るところから始めます。脂ぎっている、ぱさぱさしているというように印象を語り、触り、嗅いでみて五感を試します。チョコレートのワークショップでは、チョコレートを割る音を聞きます。

我々が対象としているのは専門家ではありません。日常的にそれを食べる人たちに、その食べ物に対して思いを馳せる習慣を与えることが目的です。食育に対して興味を持たなければ食育はできません。ですから、必然的に、一般市民が食の世界に興味を持つよう最初の一歩となるような事業が多くなります。

古酒の達磨正宗、銘酒浦霞などの日本の生産者たちも「味覚ラボ」で活躍しました。日本の産物は大変人気があるので、あっという間にチケットが売り切れてしまうんですよ。熱狂的な日本マニアがいて、たくさん質問したりして楽しいですよ。日本の食をこんなに愛してくれる人たちがいるんだ、といつも感動しますね。
→ (10)へ続く

石田雅芳(いしだ・まさよし)
1967年福島市生まれ。同志社大学文学部美学芸術学専攻、1994年よりロータリー財団奨学生としてフィレンツェ大学に留学。1998年よりフィレンツェ 市公認美術解説員、その後日本のメディアの現地コー ディネーター、イラストレーターなどを経て、2001年より2007年に帰国するまでスローフード国際協会の日本担当官。現在スローフード・ジャパン副会長。