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        <title>いちぐう｜地域と人のドキュメンタリーサイト</title>
        <link>http://www.ichigu-doc.jp/</link>
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        <language>ja</language>
        <copyright>Copyright 2018</copyright>
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            <title>言葉のエネルギー</title>
            <description><![CDATA[<p>なんて書くと、まるでスピ系ブログのようですが......笑<br />実は、ちょっとそれに似た体験をしたのです。<br /><br />一つ前の記事で、「直接会うコミュニケーションの重要性」への私の雑感を書きましたが、この頃、メール等の文字だけでいただく文章で、その方が言わんとする「本音」がわかるようになってきたのです。<br />わかる、と言うと、とてもおこがましいですが、たとえば一見ポジティヴな内容のメールであっても、実はその真逆の本音が込められた、その方の生の感情が強く込められた言葉や文章に目がいき、一読して感じてしまうみたいな。「木を見て森を見ず」の、結論の意図を読み違えているわけではなく、その反対で、たぶん的を射ている、というなぜだか自信があります、笑。<br /><br />その言葉、フレーズ、文章だけが他から浮いているからです。<br />まるで、その方の声が聞こえるかのように、そこにエネルギーを私は感じているのかもしれません。<br /><br />しかし、まったくの感情を排した事務的なだけのメールには、やはり、それを感じることができませんし、その方の心は見えてきません。むしろ、見えない、見せないように、事務的な要件のみのやりとりしかされないのかもしれません。<br /><br />相手とどのようなコミュニケーションを図りたいのか。<br />私は、過度の忖度にならない、相手を信頼・尊重した「思いやり」を常に大事に、一つひとつのやりとりを心がけたいと思っています。</p>]]></description>
            <link>http://www.ichigu-doc.jp/2018/11/post-116.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">編集長・永田の雑記帳</category>
            
            
            <pubDate>Thu, 22 Nov 2018 16:18:58 +0900</pubDate>
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            <title>コミュニケーション</title>
            <description><![CDATA[<p>11月も半ばを過ぎました。木々が色づき始めています。<br /><br />コミュケーションとは、社会生活を営む人間が互いに意思や感情、思考を伝達し合うこと（小学館「デジタル大辞泉」より）。その手段が、最近ますます「直に会わずに済ます方法」へと進みつつあるようで、悲しい思いをしています。<br /><br />会うことで、互いに得られる情報はとてつもなく大きいのに......発する言葉以上の情報を感知しての伝達と交換の価値に代えられるものはないとさえ思います。電話も、相手が見えるビデオチャットやビデオ会議も、「対面」にはかないません。生身の相手と向かい合わない、何らかのデバイスが仲介する時、相手と自分との間を一種の「ベール」が覆います。そこは必要以上の自分を見せずに済む安心の場なのかもしれません。<br /><br />時々、会って話している時には何の問題もなく楽しくコミュニケーションしていたかに見えた人が、後にメールやSNSなどでその時の会話について感情的な言葉を返してこられて驚くことがあります。直接会う、話す（電話を含む）場面では出せない自分の生の感情を、「ベール」が隔てた安心の場だと思い切り出せるからでしょうか。<br /><br />また、昨今は、会社を休む、辞めるといった連絡さえも、SNSで済ませてしまう（中には、連絡なしに、いわゆる「バックレる」若者もいるようですが）人たちもおり、根っこにあるのは、「対面によって生じる感情的対立を避けたい」、「相手との感情のやりとりそのものへの対処に戸惑う（あるいはそれが面倒くさい）」といった「逃避」なのかもしれないなぁと思っています。<br /><br />良くも悪くも、人とぶつかることを避けて、無難に、穏やかに、波風立てず......。<br /><br />私は、人間は一生成長を続けていくものだと思っていますし、20代後半から私のテーマは「人間的成熟」にありました。どうすれば、成熟した人として生きていけるのか。自分の未熟さとの戦いを続けてきたと言ってもいいかもしれません。<br /><br />成長は、生身の人同士の関わりの中からこそ生まれる、と思っています。声、表情、しぐさ、体温......を感じ、時には思い込みや誤解、あるいは良かれと思っての忖度で傷つき、傷つけ、ボロボロになることもありますが、深い感情体験には意味があるのだろうと（体験の度合いにもよりますので、一概には断言できませんが）。少なくとも私に限っては。<br /><br />経験からの学び。経験をどう捉えるか。<br /><br />やはり、手段と機会がほんの少しでもあるのならば、相手と直接会って話をする努力をしたいなぁと、私は思います。</p>]]></description>
            <link>http://www.ichigu-doc.jp/2018/11/post-115.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">編集長・永田の雑記帳</category>
            
            
            <pubDate>Thu, 22 Nov 2018 10:13:17 +0900</pubDate>
        </item>
        
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            <title>ブログを書くということ</title>
            <description><![CDATA[<p>長いことほったらかし。<br />正直、ブログなんてどうでもよくなっていました......笑。<br /><br />ブログをもっと自分のビジネスツール、商材、ＰＲの場として使うべき！　なのでしょうが、「書いて発信して稼ぐ」意図や意識は私にはまったくありません。<br /><br />ならば、私は、誰に向けて、何のために発信しているのか？<br /><br />ある時は今の時代に真っ向から逆らうように、ある時は大いなる力の前にひれ伏し流されながらもひたすらに生きることの意味を求め、何らか誰かの役に立ちたいと奮闘している人たちの心に私の言葉が届けばいいなぁとの思い、ひたすらなその思いだけです、動機は。<br /><br />立ち上げ当初の取材記事を掲載するスタイルから変遷を辿り、いまの「いちぐう」ブログは、「私の心の内の塊をコトバにしてできるだけ正確に伝える鍛錬の場」になっているのかもしれません。</p>
<p>そのブログになかなか向かうことができなかったのは、「発信」という手段が、このところなんともあざとく、即物的なものになってしまったように感じていたからです。<br />アクセス数・検索上位表示・ページビューなどの数字が全て。そのためのテクニックが重要とばかりに、可もなく不可もないそれらしい記事が量産されている......中身はどうでもよく、発信側の真の別目的にユーザーを誘い込めればＯＫ。<br /><br />一方で、誰もが気軽に不特定多数に発信ができる時代にあって、気軽なメディアだからと、日記感覚で安易に「書き散らし」て「言いっ放し」ている人を見て、まあ、そういう時代だからとの諦めに似た気持ちを覚えると同時に、伝え表現するという行為があまりに適当に扱われていることに悲しくなってしまいました。<br /><br />劣化......日常のLINEやFacebook等SNSでのやりとりがメインになってしまっている人たちの多くが、他人に読んでもらう文章をつくることが苦手です。主語と述語がつながっていない、そもそも一文がいつまで経っても終わらず、だから、<span style="color: #000000;">何が言いたいのか、わからない</span><span style="color: #333333;">......</span>など、文章作成の基本の「き」が無い人たちが増えつつあります。<br /><br />それでも、仲間内ではなんとなくコミュニケーションできてしまうから、伝えるための努力をしなくなってきているのでしょうか。</p>
<p>私は、一般個人であろうとプロの書き手であろうと、<strong><span style="color: #000000;">発信することには等しく責任と覚悟が必要だと思います。</span></strong><br /><br />ところで、この前、ふと気付いたことがあります。<br />ある人（Aさん）が、責任と覚悟を持ってなされた仕事に対して報酬を支払うとしましょう。<br />その時、Ａさんが決めた報酬額＝Aさんの価値観＝Aさんが自身に対して払う額（自分自身の価値）なんだなぁと。<br /><br />とすると、<strong><span style="color: #000000;">言葉や文章も、結局は自分自身に向けているのと同じ、つまりはブーメランになるのではないか。</span></strong><br /><br />私にとっては、表現して発信することには読み手への最低限の敬意と配慮がセット、デフォルト。<br />読んでくださる「誰か」のことを考えるから、伝える行為に自然と心がこもります。<br /><br />ならば、せめて、私は自分が受け止められるブーメランを投げよう、自分の足元のことを大事にする書き手、表現者、発信者でありたい......とはいえ、今後も気が向いた時だけ更新のゆるいブログは変わらずですが、ささやかな抵抗をし続けていければと思っています。</p>]]></description>
            <link>http://www.ichigu-doc.jp/2018/10/post-114.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">編集長・永田の雑記帳</category>
            
            
            <pubDate>Mon, 01 Oct 2018 22:41:31 +0900</pubDate>
        </item>
        
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            <title>承認欲求という魔物</title>
            <description><![CDATA[<p>大型連休も終わり、2018年の後半戦がスタートしました。<br /><br />3.11の東日本大震災、そして郷里でリアルに体験した4.16の熊本地震。2つの災害で身を持って知ったのは、いまこの時の穏やかな幸せは永遠に続くものではないこと。<br />ふとしたきっかけであっけなく消えゆくもの、実にはかないものであるということ。<br /><br />確かなことは「<span style="color: #0000ff;">今この時を生きている</span>」という、「<span style="color: #0000ff;">生の実感</span>」しかないということです。<br /><br /><strong>一秒後に自分がこの世界から消えてしまうとしたら。<br /></strong><br />消えてしまっても後悔しないように、これをせずに消えてしまったらきっと後悔するだろうなと思うことを迷わず躊躇せずやること！<br /><br />そう肝に銘じてきました。<br /><br />同業の友人たちがこの春から新たな人生を歩み始めようとしています。<br />1人は、教える能力も資格も十分にあるにもかかわらず、現場の人であり続けたいと大学の教員という安定した職を固辞し続け、代わりに自らが学ぶ側となり、通信制大学で学び始めています。<br /><br />もう1人は、築100年以上の古民家の管理人として、その地域の住人になることを検討中です。長年通い続け、地元民とのネットワークを築いてきたその地域で、自らがコミュニティ創造の当時者＝実践者として生きようとしています。<br /><br />やりたかったこと、やりたいことを心のままに勇気をもって選択した2人は、スゴイです！</p>]]></description>
            <link>http://www.ichigu-doc.jp/2018/05/post-113.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">編集長・永田の雑記帳</category>
            
            
            <pubDate>Mon, 07 May 2018 17:00:00 +0900</pubDate>
        </item>
        
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            <title>心通い合う人との出会いこそ、宝</title>
            <description><![CDATA[<p>今年も、茨城県日立市の私の隠れ家宿へ行ってきました。<br />......と記事アーカイブを調べて気付きました。<br />昨年、その旅について記事にしていませんでしたね、汗。</p>
<p>たぶん、すごく大事にしたい、わかりあえる人だけにそっと教えたい！と思ったから。<br />そのくらい、私にとって、宝物のような宿なんです。<br /><br />でも、今回は、その宿情報を解禁、笑。<br />待っててくださったのです。昨年の訪問以来。<br />私もオーナーとその奥さまに会いたくて、会いたくて、念願かなっての再訪に、その日を心待ちにして伺いました。</p>]]></description>
            <link>http://www.ichigu-doc.jp/2018/04/post-112.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">編集長・永田の雑記帳</category>
            
            
            <pubDate>Mon, 23 Apr 2018 22:22:22 +0900</pubDate>
        </item>
        
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            <title>事の本質はとてもシンプル</title>
            <description><![CDATA[<p>春になりました。<br />好きな季節です。なんといっても、自分が生まれた季節ですから（笑）。<br /><br />桜って不思議です。毎年、見慣れているのに、なぜか、咲き始めるとワクワクする......そして、咲き誇る桜の花のなんと可憐で華やかで輝かしいこと！<br /><br />美しい姿を毎年変わらず私たちに見せてくれることに、ただただ感動します。<br />自然の生きものは「夢中」なんですよね、命を育むことに。<br /><br />夢中でやっていること（執着せず、自己満足さえもなく、ただ無心であること）は、どんなことも、なぜかそれを見る人の心を動かします。<br /><br />考えてみれば、子どもの頃ってそうでしたよね。<br />いつも何かに夢中で楽しくて朝が来るのが待ち遠しくて。<br /><br />私には、無理はせず、流れに逆らわず、でも譲れないもの、なぜか確信をもって「こっち！」と言えるものがあります。<br /><br />直感でしょうか。<br />昔からそうでした。<br /><br />個人のこだわりや感覚と言ってしまえばそれまでですが、同じ眼の輝きを持っている人、瞳の奥で観ているものが同じだなと感じる人は、その「こっち！」が同じだったりします。<br /><br />「こっち！」は、「あっち！」や「そっち！」じゃダメで（笑）、絶妙のバランスと言いましょうか、「ココ！」という"点"みたいなものがあるんです。<br /><br />その"点"がビシッと決まると、全ての物事が自然に美しく統一されていってとても心地よい、みたいな。<br /><br />個人的には、自然界のシステムとか構造式、スピ的に言えば、宇宙の仕組みみたいなものでしょうか。<br /><br />当たり前とか、ありのままというのは、そのバランスや仕組みのままにあること、生きることなのではないかなと思っています。<br /><br />春分の日、新しいことを始めました。<br />影にばかり隠れておらず、少し自分たちのことをきちんと世にPRしようと思います（笑）。<br /><br />新生・クリエーターズユニット「てまかえ」オフィシャルサイト↓<br /><a href="https://temakae.com/" title="てまかえオフィシャルサイト">https://temakae.com/</a><br /><br />思いを込めました。<br />よろしければ、ご笑覧くださいませ。</p>]]></description>
            <link>http://www.ichigu-doc.jp/2018/03/post-111.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">編集長・永田の雑記帳</category>
            
            
            <pubDate>Mon, 26 Mar 2018 16:46:50 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>「買ってほしい」でなく、「食べて（使って）ほしい」</title>
            <description><![CDATA[<p>新年になりました。<br /><br />近年のＡＩの進化には目覚ましいものがあります。<br />数十年後、早いものでは数年後には大方の職業が消えてしまうとか...。<br /><br />生き残るためには何が必要なのか？</p>
<p>このブログで何度もお伝えしていることですが、私は、ズバリ、「心」「気持ち」だと思っています。<br />自分の仕事に、その対象となる相手（提供先）への心からの愛ある気持ちを込められるか？</p>]]></description>
            <link>http://www.ichigu-doc.jp/2018/01/post-110.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">編集長・永田の雑記帳</category>
            
            
            <pubDate>Sun, 21 Jan 2018 20:53:39 +0900</pubDate>
        </item>
        
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            <title>面倒なことにこそ面白みと喜びがある</title>
            <description><![CDATA[<p>まちのあちこちで見かけるクリスマスツリー。<br />毎年この季節になると、去年の今頃は何を考えて何をしていただろうかと思いを巡らせ、たいして成長していない自分に愕然としつつ（笑）、一日一日を大切に生きなければと思いを新たにします。<br /><img alt="20171206_123031.jpg" src="http://www.ichigu-doc.jp/images/20171206_123031.jpg" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" width="281" height="500" /><img alt="20171127_131528.jpg" src="http://www.ichigu-doc.jp/images/20171127_131528.jpg" class="mt-image-none" width="500" height="281" /><br /><a href="http://www.ichigu-doc.jp/2017/11/post-108.html#more" title="心からの納得記事"><br />封印していた過去の自分から解放され</a>、それが何にも替え難い素晴らしい宝だった、何よりも私の強みだったと気付いて以来、不安がよぎりそうになってもなぜか「大丈夫！」とお腹の底で思えるようになりました。</p>]]></description>
            <link>http://www.ichigu-doc.jp/2017/12/post-109.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">編集長・永田の雑記帳</category>
            
            
            <pubDate>Fri, 15 Dec 2017 18:18:18 +0900</pubDate>
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            <title>心からの納得</title>
            <description><![CDATA[<p>長らくブログが書けずにいました。<br /><br />前回のブログ以降、まさに青天の霹靂と呼べるような出来事が起こりました。<br /><br />この試練は一体何なのだ？<br />何かの罰なのか？<br /><br />私1人だけならまだしも、一緒に動いてくれた仲間のことがありましたから、自分を責めました。責めてもしかたないのに、責めて責めて責めまくりました（笑）。<br /><br />変化の年。大変容が起こる。<br />......と、いきなりスピな（精神世界の）話で恐縮ですが、いろいろな人から言われていたのですよ、実は。でも、小さな変化はたくさん経験していたので、それで終わりだと思っていたのです。真打が待っていたとは知りませんでした（笑）。<br /><br />今なら理解できます。<br />それら全てが私に必要なことであり、完璧なタイミングで起こった必然だったことが。<br /><br />なぜならば......。<br />本日の標題です。<br />納得していなかったのです、心からは。<br />どこかで「なんか、違う」と思いながらも、流れるがままに動いてしまっていました。</p>]]></description>
            <link>http://www.ichigu-doc.jp/2017/11/post-108.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">編集長・永田の雑記帳</category>
            
            
            <pubDate>Fri, 24 Nov 2017 14:54:26 +0900</pubDate>
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            <title>人のご縁</title>
            <description><![CDATA[<p>きのうは、突然に懐かしい人を思い出し、連絡を取ってみました。<br />もう忘れられているかなぁと思いながら。<br />10年ぶりです。<br /><br />外出先で電話が鳴りました。<br />その人からでした。<br />「会社に出たら、メールが来ていて、ビックリしました～！<br />いやぁ、なつかしいなぁ」<br />弾んだ声に、安堵しました。</p>
<p>「これからはちょくちょく連絡取り合いましょう！」<br /><br />メールの返信もいただいていました。その上で、すぐに電話もくださっていました。よほど、久しぶりの連絡がサプライズだったのでしょうか。<br /><br />もう一度、あの人とは何かご一緒したいなぁ。<br />ご縁がつながるといいなぁ。<br />そう思っていましたので、思わず興奮、ガッツポーズです。</p>
<p>そして、確信しました。<br />いわゆる波長が合う、話が気持ちよく進む、本質のところで同じものを見ている人とは、時間が経ってもまったく違和感なく話ができる。<br />10年間なんてすぐにキャッチアップできるのだと。<br /><br />逆に、近年は、かつては一緒にいてとても心地よかった人たちがだんだんそうではなくなる、なんだかズレる、表面上はいいのだけれど、深いところで噛み合わない部分が出てきた......ということも多くなりました。<br /><br />不思議と、そうした「一緒にいてもあまり楽しくない」と思う人たちとは、気がつけば物理的にもお会いする機会がなくなり、自然とご縁が切れていっています。<br /><br />でもそれは、いいも悪いもなく、単に選択の問題。<br />私の、生きることや人・ものごとに対する価値観と、その人たちとのそれとが違ってきたというだけ。<br /><br />以前は、人脈が広いこと、より多くの人たちとつながることがとてもうれしく、またそこに価値を見い出していたのですが、いまは自分が心地よい、本質の部分で深く共感できるような人たちとつながっていることこそが、私にとっては重要になってきました。</p>
<p>丁寧に、大事に生きたいですし、いいものを創って心が震える体験をしていきたいですから。</p>]]></description>
            <link>http://www.ichigu-doc.jp/2017/08/post-107.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">編集長・永田の雑記帳</category>
            
            
            <pubDate>Sun, 27 Aug 2017 22:01:17 +0900</pubDate>
        </item>
        
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            <title>何をするか、の前に「誰と組むか」</title>
            <description><![CDATA[<p>昨日、またまた職人気質のとても気持ちのよい美しい女性（見た目はもちろんのこと、マインドも）にお会いしてきました。<br />私、職人タイプの仕事人って大好きなんですよね......。<br /><br />彼女といろいろ話をしました。<br />特に、「そうですよね～」と、互いに大きく納得したことがありました。<br />それは、<br /><br />「ミッションを忘れない」<br /><br />ということ。<br /><br />このことを通じて、自分は何をしたいのか。<br />自分が一番幸せであるのはどんなときか。<br /><br />ただひたすら楽しくそれを追い求めて行くと、おカネはついてきます。<br />でも、たいがいは、うまく行き始めると、初めはそのつもりだったのに、いつの間にかあくなき欲の塊に変貌してしまっていたりする......そんな人たちをたくさん見てきました。<br /><br />狂わせるのは、羨望と称賛......。<br />褒められ、持ち上げられ、自分の力を過信し、謙虚さを失った時、待ってましたとばかりに「魔」が入り込みます。<br /><br />だから常に、先の原点に戻ることを私は自分の信条にしています。<br />そして、その時々で自分が出会う人々が私の「リトマス試験紙」、メッセージなのだと思い、自分の方向性や姿勢をチェックしています。<br /><br />何かをしたい時、たった一人でできることももちろんあります。<br />が、新たな展開をしたい時、事業を少し拡張したい時、私は「何をするか？」「どうするか？」よりも、まず「誰と組むか」にプライオリティーを置いています。<br /><br />なぜならば、クリエイティブに仕事をしてくためにはそのことが非常に重要だと確信しているからです。<br /><br />組む相手が、自分と同じ思い、姿勢、志、熱量でそのことに取り組み、描く目標到達点まで（ここ、重要です。見ている到達点が違うとズレが生じます）一切の妥協をせずに共に汗してくれるかどうか。その1点があれば、可能性はいくらでも広がります。共に創り上げたものを見てさらに気持ちが盛り上がり、次のビジョンが見えてきます......ワクワクが連鎖していく、みたいな感じでしょうか...。それは、たとえようもないほど幸せな感覚です。<br /><br />いま、私は幸い、そんなパートナーを得て仕事ができています。<br />だから、幸せです。</p>]]></description>
            <link>http://www.ichigu-doc.jp/2017/07/post-106.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">編集長・永田の雑記帳</category>
            
            
            <pubDate>Thu, 06 Jul 2017 08:55:24 +0900</pubDate>
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            <title>ビックリ！なんだかスゴイことになりそう！？</title>
            <description><![CDATA[<p>昨日、久々に興奮した、驚きの出来事がありました。<br /><br />私は、常日頃から、世の中に何一つとして「偶然」の出会いや出来事はない、と、確信しています。<br />また、偶然がいくつも重なったようなラッキーな出会いを数多く経験もしてきました。<br />が、それでも昨日のサプライズは、私にとってとても新鮮なものでした。</p>
<p>まだ、詳細は明かせないのですが......</p>
<p>仕事中、ネット検索の画面に出てきたなぜか気になって開けたページ（取り組んでいた仕事とは無関係）から、エキサイティングなご縁が生まれそうなのです！</p>]]></description>
            <link>http://www.ichigu-doc.jp/2017/07/post-105.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">編集長・永田の雑記帳</category>
            
            
            <pubDate>Tue, 04 Jul 2017 13:34:28 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>急募／青ヶ島ツアー！！！</title>
            <description><![CDATA[<p>今年も、なかなか行けない絶海の孤島・いま話題の青ヶ島への女性8名様限定ツアーが実施されます！<br />昨年の星観ツアーが大変好評だったため、今年は、昨年参加の女子たちが「私たちが行きたい、体験したいプログラム」を考え、それが実現しました。<br /><br />青ヶ島までは、羽田空港から八丈島まで飛行機、その先はヘリで向かいます。9人しか乗りれない、しかも特に最近一気に注目度が上がった青ヶ島便のヘリはなかなか予約が取れず（特に夏休みのハイシーズンは）、「行きたいのに行けない！」と嘆いておられる方はぜひ、この機会に（ツアーは、往復ともチャーター便です）。<br /><br />思い立った「今」がチャンスです！<br />※次回のツアー催行は未定です。<br /><br />カルデラの内側を身体で感じながら、カルデラに囲まれた丸い天空に輝く降るような星を観る体験ができるのは、日本で唯一、もしかすると世界で唯一！？青ヶ島だけ！！！</p>
<p>もちろん、幻の焼酎「AO-CHU」を味わいながら......昨年同様、地熱でポカポカ温かい道路にねっ転がって、のんびりゆったり星を眺めて最高の時間を満喫していただきます。<br /><br />今回は、宿の女将さんと一緒に島寿司をつくったり、ひんぎゃ（地熱）を利用した窯での調理体験や、夕日を見ながら青ヶ島の伝統文化／還住太鼓を観賞し、また島の鼓動＝リズムを一緒に刻んでいただきます。</p>
<p>現在、絶賛、参加者募集中です↓<br /><a href="http://ao-chu.com/event20170728" title="AO-ＣＨＵサイト2017星ツアーページ">http://ao-chu.com/event20170728</a><br /><br />ツアー詳細情報↓<br /><a href="http://www.kaze-travel.co.jp/oz-d-aochu.html" title="風トラベル2017青ヶ島ツアー告知">http://www.kaze-travel.co.jp/oz-d-aochu.html</a></p>]]></description>
            <link>http://www.ichigu-doc.jp/2017/07/post-104.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">編集長・永田の雑記帳</category>
            
            
            <pubDate>Sun, 02 Jul 2017 14:59:11 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>リセット、リスタート</title>
            <description><![CDATA[<p>日々に追われ、長期間放置後のブログ更新です......。<br />気がつけば7月。すでに1年の半分が過ぎました。<br /><br />ここで一度、これまでの自分を一旦リセット！<br />（ブログも、今後はもうちょっとだけ、頻繁に更新するようにします......）<br /><br />で。<br />改めて、自分に問いました。<br /><br />「私が一番うれしいのはどんな時だろう？」<br /><br />自分も他人もごまかすことなく、誠実に、懸命に生きている人たちにお会いした時、その人たちの笑顔に触れた時、その人たちと心が通じ合えた時。<br /><br />そして。<br />その人たちと一緒に何かを成し遂げた時。<br />ほんの少しお役に立てたという実感がある時。<br />その人たちから必要とされているという実感がある時。<br /><br />私のモチベーションは、やはり、人とかかわることで生まれているのだなぁと思います。<br /><br />特技といえば、その人が持っている空気感や言葉にしていない（できない）本当は伝えたいメッセージを、私なりの解釈でその人になり代わって言葉で表現すること。<br /><br />そのことがやっぱり、好きなんですよね......。</p>
<p>とはいえ、言葉と付き合い扱うのは、難しい！<br /><br />言葉の持つ力をどこかで信じてきましたが、言葉は心をつなぐ手段にもなれば、逆の場合もあります。<br /><br />同じような言葉（会話）であっても、微妙な言い回しやニュアンスによっては捉え方が変わります。<br />行間に、伝える側の思いや読み手の感情がプラスされますから、分かり合えたという喜びや感動が湧きおこる半面、誤解や溝も生まれます。<br />その修復をも言葉を使って行おうとすれば、言葉に揺さぶられ、翻弄されてしまいます。<br /><br />メールやブログのような、対面での会話のようにノンバーバルな要素が助けくれない世界でのやりとりは、神経を使います。私はなかなか思いのままにすらすら書くことができません。<br /><br />思いや気持ちを伝えることの難しさを、これまでもさんざんこのブログにも書いてきました。<br /><br />曖昧な表現や主語の省略も多く、阿吽の呼吸や以心伝心など、言外の意味を感じて空気を読むこと（「忖度」とか...）を要求される日本語でのコミュニケーションは、いつも裏や奥にあるものを推し量らねばならず、まさにムラ社会＝相互監視社会なのだと痛感します。<br /><br />もちろん、日本独特の繊細な表現が生まれたのも事実ですが、閉鎖された社会の中で成り立ち培われた文化・風習は、現代のオープンな情報化社会にあっては、時に「自分」を出して生きていくことの難しさにもつながっています。</p>
<p>私は常日頃から「どう生きたか」という自分の軌跡が大事だと思ってきました。いろいろぶつかりながら、でも無難にきれいに生きることができず、目の前に将来が約束された道があってもなぜかその隣のイバラの道へと進み、ズタボロになってきました。<br /><br />より多くの学びを得たい！という私の無意識の衝動だったのかもしれません。<br /><br />でも、そんな自分をいまは誇りに思います。<br />んーーー、よくぞここまでがんばってきた！！！<br /><br /><br />さて。<br />きょうから、ここから、また始めますか。<br /><br />心のままに、自分にも他人にも正直に、誠実に。<br />私なりの私らしい私だけの言葉を紡いでいきたいと思います。<br /><br />私に元気をくださる人たちに、お返ししなければ。<br />その人たちから、「あなたを見ると、一緒にいると元気になる」、そう言われたいですから。<br /><br /></p>]]></description>
            <link>http://www.ichigu-doc.jp/2017/07/post-103.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">編集長・永田の雑記帳</category>
            
            
            <pubDate>Sat, 01 Jul 2017 21:47:16 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>目を見ること</title>
            <description><![CDATA[<p>今年のＧＷ、海へ行ってきました。<br /><img width="500" height="281" class="mt-image-none" alt="DSC_0012.JPG" src="http://www.ichigu-doc.jp/images/DSC_0012.JPG" /><br />心地よい潮風に吹かれて、ただただぼーっと海を見つめ、癒されて浄化されて戻ってきました......。<br /><br />アドラーは、「人の悩みのほとんどが人間関係にある」と言っていますが、邪気のない真ん中の心に触れ、その人と通じ合った一瞬がたまらなくうれしい私にとって、やはり何度失敗しても、裏切られて、疎外感に孤独になり悩み苦しんでも、やっぱり、人と関わりを持っていたいと思うんですよね。<br /><br />海へのプチツアーから帰宅すると、宅配便の不在通知が2通入っていました。それも、同じ荷物の。ドライバーさんのお名前も2通とも同じでした。<br /><br />申し訳なかったなぁと思いつつ、もう夜だし、あとで明日以降の再配達依頼の電話をしようと思っていた時、玄関のチャイムが鳴りました。<br />例の、不在票2通の宅配業者のドライバーさんでした。<br />再配達のお願いをするまでもなく、なんと3度目の訪問！！！</p>
<p>「ありがとうございます。何度も。本当にご苦労さまです」<br />を、心からのお礼を言うと、<br />「いえいえ。大丈夫です！」<br />と、とても気持ちの良い笑顔が返ってきました。<br /><br />このところ宅配便業界はいろいろと世間を騒がせています。が、そんな話題なんぞどこかへ吹っ飛んでしまうほどのさわやかで気持ちよいプロフェッショナルな対応！</p>
<p>仕事なのだから当たり前......と言ってしまえばそれまでですが、黙々と地道に、でも、懸命に、丁寧に、人の温かさをそのまま荷物に載せるように、笑顔で対応してくれるドライバーのお兄さんたちに、そしてその仕事ぶりに、私は改めて感謝し、しばらく感動の余韻に浸っていました。<br /><br /></p>
<p>考えてみれば、宅配便のドライバーさんをはじめ（別の会社の宅配便のドライバーのお兄さんもまた、ステキなんです）、よくいくカラオケハウスのスタッフのみなさん、スーパーのレジ担当の方......私が日常出会う人たちはほんとに明るく誠実ないい人たちばかり。<br /><br />共通するのは、「目」です。<br />「目」をきちんと見て対応してくださることです。</p>
<p>目は心の窓、魂と通じている、と言いますが、目を見て話すことで、その相手の心に届きます、心を刺激します。このとき、コネクションが生まれます、あるいはこれまでとコネクションのカタチが変わります。<br /><br />それまで機械的に対応されていた方に、こちらから声をかけてちゃんと目を見て笑顔で返した時、一瞬の戸惑いの後に相手のお顔にふわ～っと幸せな喜びが広がるのが見えます。つながった瞬間です。うれしいですね～。</p>
<p>邪気のない心からの笑顔は、人を幸せにします。<br />日常の、ほんの小さな事柄の中にこそ、胸がキュンとするようなうれしいことが転がっているなぁと、改めて思います。</p>
<p></p>]]></description>
            <link>http://www.ichigu-doc.jp/2017/05/223.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">編集長・永田の雑記帳</category>
            
            
            <pubDate>Thu, 11 May 2017 23:08:29 +0900</pubDate>
        </item>
        
    </channel>
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