2014年1月17日

何をつくるか


いまつくっている『コレ』が売れなくて。どうしたらいいでしょうか?

そうおっしゃる事業者さん、農業者の方、けっこうおられます。

じゃあ、なぜその、『コレ』をつくっているのですか?

ここが一番重要です。
その商品の最も訴えたい部分であり、コンセプトに直結します。
なのに、案外、きちんと答えられない方が多いのです。

よく言われるのが、

「つくってからどう売るかでなく、つくる前に売ることを考えて、(つまりマーケティングして)つくりなさい」

最近私は、

なんで(つくるのが)ソレだったん(なの)ですか?

という点って、つくづく大事だなぁと思っています。


以前に、ある女性から聞いたお話です。
お弁当の研修会に行ったときのこと。講師は有名コンビニエンスストアチェーンの担当者。
ズバリ、「コンビニで売れる弁当をつくるには」といった内容で講義は進んでゆき......

彼女は私に言いました。

「もう私、がっかりしちゃった。だって、500円の弁当をつくるには、魚だったらこれを、他の惣菜はこれを、こういう業者にお願いしてつくってくださいという感じで。何これ?と思った」

彼女が言わんとしたのは、自分は「食べ物である弁当」について学びに行ったのに、講師の説明はまるで、500円の売価で利益の出る「何か(極端に言えば、何でもいい、弁当じゃなくても)をつくるための方策のようだったということでしょうか。

これを聞いたのはずいぶんと前だったのですが、今思い出したのは、ふと、たとえば農業者の皆さんが何か(食べ物)をつくるのは、なぜだろうと考えてしまったからです。

儲けたいから(生活のため)?
自分がつくったものを食べてほしいから?

どちらの動機が先にあり、自身の中で重要だと認識されているのだろうか......。

というのも、田んぼ。
お米の需要は年々減ってきています。
ならば、飼料米をつくればいいじゃないか、その分の補助金も出すしと、政府や行政は言っています。
でも、米農家は、米で儲けたいと思って米作りを始めたのだろうか...?
田んぼを活かすために米という商材を選んだだけなのか?

そんなこと考えもせず、漠然とつくっているという人たちもおられるでしょうね。
生活のために、代々続けてきた米作りをしてきただけ、という人もおられるでしょう。

「百姓である以上、やっぱり、米をつくりたい」
という声も、多くの農業者から聞きました。

そうした情緒的な思いが、米からの転換を阻んでいる...と識者の方に叱られそうです。
でも、その情緒はいったいどこからくるものなのか?

勝手ながら私は、多くのお米をつくっている農業者の方は、「お米を食べてほしくてつくっている」のではないか? と思っています。

何のために「ソレ」をつくっているのか?
なぜつくるのが「ソレ」だったのか?

問い直してみると、自らの土台、根っこにあるもの、方向性が見えてきます。

いま、「てまかえシスターズ」で、山形県天童市のある事業者さんのアグリ事業のCIと商品開発をお手伝いしています。
この仕事をお引き受けした最大の理由は、社長のMさんの真摯で誠実なお人柄と、社会に貢献したいという素直な思いに、とても共感し感銘を受けたからです。

なぜそれをつくるのか?

その答えが、M社長の場合、非常に明確でした。
向かうべき方向性ははっきりしていました。

ただ、それを具体的なコトバにすることなく、また社内で共有することもなく、あれもこれもと次々と手を出し...そのため、軸がブレ、迷いが出てしまっている......という状況でした。

まず私がやるべきことは、軸をつくること、それも太くて頑丈で大きな幹を。
お願いして、女性スタッフを複数入れた社内プロジェクトチームをつくっていただきました。
そして、各人が考えるアグリ事業や商品イメージをコトバにする作業を行い、そこにM社長の中の理念・哲学を吐き出していただき、皆で共有していくディスカッションを繰り返しました。

先日、ようやく、「迷ったらここに帰ればいい。ここからまた始めればいい」という「原点」を見つけるに至りました。

この会社、若手が活躍しています。
プロジェクトチームの皆さんも、全員20代と30代。
彼らが、がんばりました。ホントに皆さん、優秀で、素晴らしい!!!

この春から、いよいよ、新商品開発がスタートします。
まだ、道は長いです。でも、スピード感を持って進めます。

つくり手が「大好き!」と心から愛着を感じているものならば、それを丁寧に世に出すことができれば、きっと愛していただける商品になるハズだと確信しています。

ああ、楽しみ! どんなステキな商品になるのか。
デビューする時は、詳しくお知らせしますね~。