2013年4月 1日

自分の食べるものを、誰にゆだねればいいのか?

4月になりました。
さあ、新年度です。
光陰矢のごとし。
1日、1日を大事に生きていかなきゃ! です。

先日、10年ぶりぐらいに山形県白鷹町へ行ってきました。
知人の役場職員Sさんからのホントに久しぶりの依頼で、農業者の皆さんを前にお話させていただきました。
その翌日、Sさんが白鷹の中山間地域にある集落へと連れて行ってくれました。
そこで、改めて、現代農村の抱える深刻な問題を目の当たりにしました。

Sさん:「いまここに見えている限りの農地の耕作者(認定農業者)。実は、○○さん1人です」
私:  「えっ? これ、全部ですか? ......」

次に、そこから少し移動した場所で。
Sさん:「このあたりの農地も全て、○○さん1人で耕作しなければならないんです」
私:  「はぁ~? ここもですか? ......」
Sさん:「だから、彼はいま、頭を抱えているんです」

○○さんとは、昨日の講演会にも参加されていた50代後半の農業者です。
いま、各地の農村部で、「人・農地プラン(地域農業マスタープラン)」への取り組みが始まっています。
これは、地域や集落が抱える農業の担い手(人)と農地の問題解決のために、集落の皆で、中心となる経営体を決め、そこに農地を集めて、地域農業の将来を在り方を話し合っていくものです。

一見、とても民主的で理想的な事業。ですが、実態は、私が見た光景。
集落に残る数少ない農業者が、自分の限界以上の農地の引き受け手にならざるを得ないのが、日本各地の中山間地域の現状なのです。

農地は、集めれば集めるほど、それを耕作する「人」が不要になります。
「人・農地プラン」が一方で、将来的な農家減らし、小農家切り捨てプランと呼ばれている所以です。

それもこれも、意欲的な農業者に農地を集約し、規模拡大し、日本農業を足腰の強い競争力のある農業にするため。
日本はもう十分すぎるほどに世界に開かれた貿易国であるにもかかわらず、また、日本社会にとってどう見ても何の利益ももたらさない、多国籍企業の富の収奪を有利にするためだけのTPPへの参加を、安部首相が表明しました。
TPPが締結されても、がんがん海外に輸出できるような農業生産体制にして勝ち抜いていこうとでも言うのでしょうが、そもそも、どうして、農業は競争しなければならないのでしょうか。

外国産の安い農産物が一斉に入ってくれば、日本農業は壊滅状態になる、と言われ続けてきました。
だったら、日本の農村でつくられたものを買えばいいではないですか。
国産は高くて困る? 農産物の価格って高いですか? 私はそうは思いません。
自然や環境に左右される農産物が限りなく安値を強いられること自体が、異常です。
外食産業や流通業者が厳しい価格競争の中でコストをできるだけ低く押さえないと成り立っていかない背景には、「食べ物・食料は安いのが当たり前」という社会全体の固定概念があるから?

アベノミクスの効果を実感をするにはまだまだ先になりそうな一般家庭では、少しでも経費を安く押さえて家計をやりくりしなければならない実情は分かります。
でも、削るところが違っていませんか?
通信費や遊興費、服飾などには多額のおカネをかけて、命の基となる食べ物にかける分を切り詰めるのですか?

小さな農家が支え合って生きてきた中山間地域では、助け合いの「結」の精神が、美しい農業のある景観もつくってきました。
自然がそうであるように、社会も多種多様であることが持続可能性につながり、いざという時の強さをももたらします。
農家戸数が減るということは、集落が消滅し、農村がなくなるということ。

生物多様性の観点から、環境省と国連大学高等研究所(UNU-IAS)がSATOYAMAイニシアティブを提唱しています。
しかし、それは、たとえば、効率優先、売上至上主義の企業が営む農業であっても維持可能なのでしょうか?

過疎高齢化で悩む農村部にとって最大の課題は、「人」です。
このままではダメだ、何か新しいことを始めなければならないとわかっていても、やる「人」がいません。
地域で最も機動力のある中核世代(50代)は、ちょうどいま、地域の多くの役職を担い(1人多数兼務)身動きが取れない状態です。
新しいことに挑戦する余裕も、気力も出てこない。だから、「現状維持」が精一杯になってしまっているのです。
そこに中央からカッコイイ横文字のシステム(ソフト)をあてがったとしても、うまく動くわけがありません。
なぜならば、システムを動かすのは「人」ですから。

農村社会に限らず、世の中には、おカネにならない非効率と思われることの中にこそ、重要な役割や機能があるものです。
それを、きれいな文言で「価値がある」と評価しつつ(時々表彰したりなんかして)、実際はその真逆の政策が進んでいく矛盾の中で、農家は、農村は、引き裂かれています。

私たちの食べ物(農産物)をつくってくれる人たちが、この国からどんどんいなくなっています。
でもスーパーやコンビニにはいつも食品が溢れているから何の問題もないのでしょうか?
小麦や油脂などが、この4月から値上がりします。
これからも、全世界的な天候異常によって、食料価格の乱高下は起こります。
投機マネーによる高騰や、いざとなれば輸出制限をかけてくる食料生産国なども出てくるでしょう。
食料は、戦略物資です。
食べ物の奪い合いが争いを引き起こします。

私たちの食べ物を、誰の手にゆだねるのか?

自分の食べる分ぐらい自分でつくる。それが一番いいと私は思っています。
でも、それができない人は、どうするか?
農家と仲良くすることです。
今から、自分の命綱となる、自分や家族が生きていくための食料をつくってくれる農家を見つけ、信頼関係を結び、互いに生き残っていくこと。
私はそう思っています。