2012年10月 3日

損して得とれ

「もう、あのスーパーでは二度と買わない!」
と、母は電話口で猛烈に怒っていました。

いつもの歯磨き粉とは別の似たものを間違って購入したため交換に行ったところ、買い物から1週間が過ぎておりレシートはなし。だけど、そのスーパーはほぼ毎日通っており、レジのスタッフとも顔なじみ。しかも、封も切っていない新品の商品。交換したいのは、購入した商品よりもグレードが上の商品。差額を払うと言っているんだから、対応してくれてもいいじゃない。
というのが、彼女の言い分です。

「店長が出てきてね、この店長が新しい若い人で、話が通じない。何回説明しても『レシートがないと交換はできません』としか言わない。顔なじみのレジの人も、何も言ってくれない。毎日かなりの額をこのスーパーで買ってるし、歯磨き粉はここでと決めているから、ここでしか買っていないのに!」

確かに、商品の返品・交換にはレシートが必要です。その店で購入したことの証左ですから。
でも、でも、です。
こうした局面でどう対応するか、お店にとっては非常に重要ですよね。

レシートがないのに換えてくれとごり押しする母は、強引に見えたかもしれません。
しかし、母の立場から言えば、「ごまかしているわけじゃなし、正直に言ってるんだし、そのくらい融通を利かせてくれてもいいじゃない」。
そう主張したくなるくらい、母はその店の利用頻度も高く購入額も大きい、いわば“ロイヤルカスタマー”です。
だけど、たった1人でしょ。大したことないじゃない?
いえいえ、たとえ1人であっても、優良顧客の、そして主婦のクチコミ力を侮ってはいけません。

世の中にはいろいろな人がいます。
店には多様な要望、クレームがきます。
その全てに同じように対応するのは難しく、中にはクレーマーやモンスターと呼ばれる明らかに極端でおかしな要求もあります。
しかし、時には「前提」、「常識」、「マニュアル」を逸脱して相手を満足させることが、より多くの人たちの幸せにつながることもあると私は思っています。

行動の基準は、その対応が自社にとってどうかではなく、相手にとってどうなのか。
相手を少しでも心地よい、幸せな気分にしてあげたいと行動することが、相手に感動と喜びを与え、ひいては自社の評判を高め、スタッフのモチベーションのアップにつながり、それこそが会社のブランドとなっていくものだと思うからです。

母の話を聞きながら、注目のネット靴店「ザッポス」のことを考えていました。
http://www.zappos.com/

ザッポスのビジネスの中核にあるのは、カスタマー・サポート(顧客サービス)です。
同社のコールセンターのオペレーター業務にはマニュアルがありません。
1人1人のオペレーターが、自分の責任と裁量で顧客に対応します。
カスタマーサポートはコストではなく、電話はブランディングの最適ツール。
であるから、最長6時間もの電話対応だってアリなのです。
どこまでも顧客にとっての「最善」を考えたカスタマーサービスと、それを通じて顧客が得る(ワオ!という)驚きの“体験”の記憶が、友人・知人へのクチコミとなり、リピートにつながる…。

ザッポスでは、顧客が望む商品が自社にない場合、その代替案として他社のサイトや顧客の自宅近くの他社店舗を紹介します。
こんな逸話もあります。
ザッポスのCEOのトニー・シェイが自社のカスタマーサービスが実際どんな具合なのか試してやろうと、泊ったホテルから夜中、一般客を装いコールセンターに「ピザが食べたいんだけど」と電話をしました。オペレーターはすぐさまトニーが宿泊していたホテル周辺の、その時間でもデリバリーしてくれるピザ屋を数件見つけて、答えてくれたとか。

なぜ、そこまで、自社の利益につながらないようなムダなことに力を注ぐのでしょうか?

先の顧客が感じる「感動」の記憶、顧客との信頼の絆が、多大な費用をかけて行う「話題づくり」のマーケティングよりもずっと本質的で重要であり、会社のブランディングになるのだと確信しているからです。

企業文化こそがブランド。
社員1人1人が、企業ブランドを創り出している存在であるということ。
その行動指針ともいうべきものが、ザッポスの10の「コア・バリュー」です。
企業のコンセプトや方針は、どこもきれいにまとまっており、立派なことが掲げられています。
でも、それはたいてい、対外的な顔としてそこにあるだけの「お題目」であることが多いものです。

ザッポスのコア・バリューがユニークなのは、とても平易な内容で、日常生活でも指針となる、「生き方」そのものであること。
だから、いつでもどこでも納得して実践できること。その日常での実践こそが、企業文化=企業ブランドの創造なのです。

ザッポスについて、また同社のコア・バリューの内容を詳しく知りたい方は、『ザッポス伝説』(ダイヤモンド社、トニー・シェイ著)がおススメです!
私は読みながら、けっこう、グッときました…。

同著の中で、トニ―は私たちに問いかけます。
あなたの人生のゴールは何ですか?」 「そしてそれはなぜですか?

さらに、トニ―は言います。
結局、我々は誰もが幸せというゴールに向かっているのだと。

この「幸福感」を会社の真ん中に据え、ビジョンと目的を膨らませて、2009年に次のように宣言しました。
「ザッポスは世界に幸せを届ける会社です」

普通の会社がこんなことを宣言すれば、なんとなく嘘っぽいきれいごとになってしまうところ。
ですが、ザッポスは違います。
事実、「幸せの詰まった箱を開けるようだ」と顧客に言わしめるような体験を提供しています。
徹底した顧客志向の行動は、「ザッポスとつながったこの人を幸せな気持ちにしたい」、「幸せを届けたい」との思いの体現なのです。

さあて、私の人生のゴールは?
あなたは、いかがですか?