2012年8月24日

東京にこそ農業がなきゃ!

先日、青梅市(東京都)農業委員会主催の青梅市農業経営者クラブ総会で、同クラブ会員の皆さんを前にお話をする機会を得ました。

大先輩方を前にどんなお話をしようかとあれこれさんざん悩みましたが、いただいたテーマ(豊かな農ある暮らし)について一生懸命私の思いをお伝えしました。
それでも、皆さんの反応がよくわからず、まだまだ勉強不足だと反省しつつ臨んだ懇親会でお隣に座られたのが、「かわなべ鶏卵農場」代表の川鍋芳美さん(男性です)でした。
東京で最も大きな養鶏農家であり、美味しい卵の追求と自らの手で販路を開拓してこられたパイオニア。
その川鍋さんが、ポツリと、そして何度もこうおっしゃったのです。

「先生(この呼称、とても苦手なのですが…汗)の話を聞いとって、先生の話と自分の人生とがね…自分の人生とがね……(しばらく沈黙)……(言葉に詰まりながら)……ダブって見えてね。ああ、俺のやってきたことはやっぱり正しかったなぁと思ってね」

びっくりしました。同時に、お腹の中がじわ~っとあったかくなりました。ありがとうございます、川鍋さん。私の言葉を受け止めてくださっていたのですね。
語り継がれる歴史と最高の技術をお持ちの正真正銘の篤農家・川鍋さんと少しばかり心を通わせることができたことは、私にとってこの日一番のご褒美でした。

「中途半端はしないこと、全力でいいものをつくること。そしてお客さまを大事にすること」
そんなことも川鍋さんはおっしゃいました。

かわなべ鶏卵農場は、あの高橋がなりさんの国立ファームともプリンをコラボしたり(レストラン「農家の台所」でも「さくらたまご」が大人気)、いろいろなメディアにも登場されています。息子の茂美さんという素晴らしい後継者もいます。

川鍋さんに限らず、この日会場にいらっしゃったのは、そうした農業への並々ならぬ熱い思いと高い技術を持ったトップランナーの皆さん。

東京農業といえば、不動産収入+庭先販売など直売で豊かな農業者というイメージを持っている方が多いかもしれません。地方の農山村に行くと、「東京の農家は、アパートなんか持ってて、金持ちだから」という声をよく聞きます。そこには「東京の農家はどうせ農業は片手間でしょ」という皮肉も込められているように感じます。

違うんです。
「不動産収入になんか頼らなくてよいのなら、そうしたい」
東京農家の多くの本音は、「農業を続けていきたい!」、なんです。

都市部の農家を苦しめているのが、重い税金です。
特に首都、中京、近畿の大都市圏の一部自治体の市街化区域内農地は、高度経済成長時代、人口の都市部への一極集中と宅地開発に伴う農地の宅地転用を進めるために、固定資産税と相続税が宅地並みに引き上げられました。

しかし、今では住宅地需要も減り、東京の農家は納税のために、泣く泣く農地を切り売りしています。
生産緑地制度が適用されるのは、500平方メートル以上のまとまった農地。パッチワークのように東京から緑の農地が消えて行っているのです。

「すぐそこに買う人、食べる人がいるのに、遠くの農村から食べ物を運んで来てスローフードなんて言うのはおかしい!」
以前インタビューした、大阪府枚方市の「農園 杉五兵衛」のオーナーの言葉を思い出します。
オーナーののじまさんは、数百年続くれっきとした百姓。今から30年以上前に住宅地のど真ん中、都市農業で生きていくために、自身の農園の全てのものを売りきろうとレストランを始めました。

農産物は空腹を満たすが、作物が育つ姿は心を満たす。芽が出て、花が咲いて、作物が実る姿は、輸入できへん」(のじまさん)
それを都市空間で提供しているのが、都市農業です。

農業雑誌の編集長をしていた頃、石原都知事へのインタビューを企画したことがあります。
実現はしませんでしたが、どうしても、私は石原知事に聞きたかったのです。
「東京農業をどう思っておられますか?」
「東京に農業は必要ないのでしょうか?」 

東京には人、物、金、情報が集まって来ます。日本の中では世界に最も近い都市です。
しかし、自給できない東京は、ひとたび周囲から食料の供給が断たれたら、たちまち機能が麻痺。砂上の楼閣です。
東日本大震災時、痛感しました。

なぜ、今、そこにいる農家を大事にしないのか。
大都市は、地方の農山村の農産物を買うことで地方におカネを還流させるという役割があるから?
莫大な輸送コストをかけて都市部へ運び、そのコストを吸収するために肝心の農産物は安く買い叩かれ、農家の手取りはびびたるもの。結局、しわ寄せが行くのは、一番弱い農家です。

近年、各地で地産地消の取組みが進んでいます。
スーパーに行けば、当たり前のように、各地の農産物が並んでいます。
年中切らすことなく定量・定時・定質の商品を供給しようとしたがために、食の流通システムはここまで巨大化してしまいました。
でも、それはいったい誰の要望、ニーズだったのでしょう?
消費者が望んだから?
否、消費者はなければ買わないだけです。最初は、クレームも言うでしょうが、なければないで別のもので代用して料理しようと創意工夫を凝らすはずです。そのほうが想像力を高め、旬を意識し、食が豊かになるのではとさえ思います。

東京在住者も、東京の野菜が食べたいです。
もちろん、農産物直売所まで足を伸ばせば手に入ります。
でも、普通に、近所の店で東京の農家がつくった野菜、すぐそばの畑でつくった野菜が食べたいのです。

食べる人のそばに作る人がいて、隣の畑でつくられた畑で樹で完熟した鮮度抜群の栄養価の高い野菜が食べられる仕組みを、どうすれば取り戻せるのか。

何よりも、歴史的にも地方の農業技術を牽引してきた都市部の優秀な農業人材をこのまま失ってしまうのは、多大な損失です。

だから、声を大にして言わせていただきます。
「東京にこそ農業がなきゃ!」