2012年6月 6日

農家民宿は特別?

関東地方もいよいよ梅雨入りしそうな気配です。

6月2日付日本農業新聞の論説は、農家民宿についてでした。
何気なく読み進み、「ん?」。そして、「んー、これはちょっといただけないかも……」
ってなわけで、一言。

タイトルは、「農家民宿の経営/質高め副業から主業へ」。
論旨は、
「全国に農林漁家民宿が4000戸以上ある。開業も相次ぎ、時代の追い風が吹いている。だが、質の面で多様な時代にニーズに応えられていない面もある。 農林漁家民宿は被災地の復興にも寄与するような地域活性化の大きなポテンシャルを持っている。ゆえに、経営の課題をみんなで解決して地域で育てよう」
といったものでした。

農家民宿へのエールは賛成です。
ですが、なんか生ヌルイ…。
私が特に違和感を持ったのは、次の一文です。

「都市と農村の交流事業を手掛けるオーライ!ニッポン会議が、約60人の民宿経営者(女性)に経営を自己診断してもらった結果、『安全・衛星管理』と『経営センス』が欠けていると答えた女性が多かった」

これに対して、論説では、「個人で悩まず、地域や同業者のネットワークをつくって地域で活性化を考えていくことも大切だ」と主張しておりますが、そんな暢気なことでよい?? 

経営センスはともかく、「安全・衛星管理」面が欠けている……。
このことはつまり、宿業としての根本・基本的姿勢に欠けているということを表しています。
時代の多様なニーズに応える云々以前の問題ではないでしょうか。

私が厳しい言い方をするのは、農家民宿という「宿屋」を経営することは、「安全に安心して泊まれる一晩の宿を提供すること」であり、人の命を預かる仕事だからです。

ずっと以前、農業雑誌の編集長をしていた頃取材したあるペンションのオーナーの言葉が忘れられません。
「農家民宿で、どんな体験プログラム提供しようがかまわない。だが、我々宿屋の基本は、お客さまの命をお預かりする仕事。それを理解してこの仕事に参入してほしい」(詳細は忘れました、こんなニュアンス)

「農家民宿やグリーン・ツーリズムは一般の観光業とは異なる、“農家が行う”特別なもの。だから素晴らしいのだ!」
農業界や農業メディアに多く見られる、農業・農家賛美論です。

確かに、農家民宿やグリーン・ツーリズムには商業主義観光業とは違う、心の交流、教育、環境、食の大切さといった人の本質に迫るものがあると私も思います。
件の論説の言う、「農家民宿に好んで宿泊するの人々のニーズは、ホテルや旅館宿泊者とは別」というのも事実です。
グリーン・ツーリズムは、旧来の名所・旧跡めぐり、おみやけ・イベント観光とは一線を画します。

ですが、それを賛美するあまり、最も仕事の基本となる部分がないがしろにされ、さらには業界全体でそれをなあなあにしてしまっているような「欺瞞」を、私は感じてしまうのです。

グリーン・ツーリズムは、「ツーリズム(観光)」ではないのでしょうか?
農家民宿は、「宿」ではないのでしょうか?


論説のタイトルである、「副業から主業へ」。
副業という片手間だから、安全面や衛生管理がおろそかであってもしかたなかった?

またも厳しい言い方をしますが、農産物直売所にしても、農家民宿にしても、農家レストランにしても、「農家がやっている○○だから○○でもいんだ(許される)」的なある種傲慢とも言える考え方が、この業界に巣くっているような気がします。
それは、顧客に対して、大変失礼なことです。

民宿というよりも、親戚の家に泊まるように、よそ行きでないアットホーム感覚を売りに、不特定多数の客を対象とするのでなく、「こうした特徴の宿であることを納得の上で泊ってくれる」人たちを特定会員にして、宿を経営しているところもあります。
ですが、いずれにしても、お客さまから一定のおカネをいただく以上、それは立派なサービス業です。

お客の質が宿(店)の質を決めます。
清潔でない宿にはそれでもよいと思うような客しかこないでしょう。
経営は自らの目標をどこに定めるかによって、そのスタイルも変わってきます。
よって、どのような宿を経営し、どのような客をターゲットにするかは、各経営者が判断することだと思っています。

たとえば、飲食店も清潔さ、安全管理は最も重要です。しかし、中には知る人ぞ知る、汚いけれど旨い場末の定食屋のような人気の店があったりします。でもそれは特別な例です。料理が最高においしいという武器が他者を圧倒しているからこそ成り立つ図式です。これから質と技術を高めようとしている、しかも波及効果を地域活性化に結び付けようとしている農家民宿経営と同列に語ることはできません。

農家民宿に注目が集まってきている背景には、旅のニーズやスタイルの変化があります。
そこに対応しようと、一般の旅館やホテルも変わろうと努力しています。
地域の資源を活用して商品化した着地型旅行商品に注目が集まってきています。

今や地域づくり関係者、観光業者だけでなく、第一次産業従事者、商工業者など多様な主体が一体となって、地域に人を呼び込んで活性化しようと動き出し始めている時です。
注目を集めているから、風が吹いているからというだけではいずれ経営が行き詰まることに気付いた農家民宿オーナーたちは、自ら原点に戻って謙虚にプロに学ぼうとされています。

「農家の女性がやっているから」という免罪符はプロの仕事には通用しません。
サービス業を「主業」にするということがどういう意味を持つのか。
今一度、しっかりと考えて、経営に励んでいただかれることを心から願っています。

日頃から暮らしの達人としての農山漁村の人々を尊敬する私からの、愛のメッセージです。