2011年11月28日

スローフードとは何だったのか?(7)

スローフードを守る、2段階プロモーション・上
「買ってくれ」でなく、「おいしそう」と思わせる


スローフード協会の2大功績とも言えるのが、地域種や希少種を守る「味の箱舟(アルカ)」とそれらをつくる小規模生産者を地域で支える「プレシディオ計画」である。

消えゆく伝統的地域産品や在来種を掘り起こし、育て、プロモートし、実際の消費に結び付け、地域経済と社会に大きく貢献。つい多額のコストを使って派手な打ち上げイベントで終わってしまう日本の販促活動と違い、ロングセラー食品を生み出すその手腕には学ぶべき点も多い。

これら2大事業のスローフード的戦術と視点とは?
スローフードジャパン副会長の石田雅芳さんに聞いた
(聞き手、構成/永田麻美)

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――スローフードが関わって、実際にその商品の価値が上がった、地域の経済活動に結び付いた具体例を。

最も象徴的なのは、トスカーナ地方のヴァルダルノ町で生産される「ゾルフィーノ豆」です。日本の白インゲン豆よりもちょっと平たくて小さめの、この町でのみ作られてきた黄色のインゲン豆(ゾルフィーノはイタリア語のゾルフォ(zolfo)=イオウに由来)。ただ、収量が低いため、だんだん生産されなくなり、消えゆく在来種でした。これが、地元の人たちによれば、特別美味しかったと言うのです。そこで、ヴァルダルノのスローフード協会支部長が懸命にあちこち駆け回って、ゾルフィーノ豆の種を集めて生産者に栽培を依頼しました。

できたゾルフィーノ豆の販売は、「メルカーティ・デラ・テーラ」(mercati della terra)=「大地のマーケット」(ファーマーズ・マーケット)で行いました。
ファーマーズマーケットといえば、近年、日本でも大変な人気ですが、流行れば流行るほど、農家は店先からいなくなっていきます。儲かった農家は販売を他人にお願いするようになってしまうんですね。

そこで、「大地のマーケット」では、最初に、出荷するファーマーズ(農家)が店先に立つという規定書をつくりました。その上、販売する作物は、マーケットから20㎞圏以内で採れたものという厳格なルールを設けました。(7)大地のマーケット.jpg▲2008年の「サローネ・デル・グースト」特設会場で開催された「大地のマーケット」の様子。「サローネ・デル・グースト」は、2年に1度トリノで開催される世界最大の食のイベントだ(photo/石田雅芳)。

ヴァルダルノの「大地のマーケット」では、ゾルフィーノ豆を主力商品にしました。すると、その豆を細々と作っていた、あるいはかつて作っていたおじいちゃんたちが店先にやって来て、豆のことを語り始めました。

考えてみてください。どんなに特設コーナーを作ってのぼりを立てたところで、豆ですよ、豆。売るのは容易ではありません。でも、売れたんです、ゾルフィーノ豆は。なぜか。おじいちゃんたちの語りがよかったんです。

ヴァルダルノのスローフードのスタッフの奮闘もあって、ゾルフィーノ豆が地域の人たちのコミュニティの環の中に落とし込まれていきました。そのうち、地域の住民がゾルフィーノ豆を炊いていた器具を発見しました。大きなガラスのフラスコなんですが、その中にゾルフィーノ豆と水を入れて暖炉の横に置いておくだけ。それが、とてもお洒落に映ったらしく、ゾルフィーノ豆はこのフラスコと一緒に売られるようになったんです。

(7)ゾルフィーノ豆.jpg
▲フラスコ入りの豆がなんだかオシャレでかわいい(photo/石田雅芳)。


――ステキですね。物ではなく、生活スタイルを売ったんですね。

そうです。暖炉を消した後にゾルフィーノ豆と水が入ったフラスコをそのまま横に置いておくと、熾火で、次の朝には食べられる。なぜだかワクワクするんですよ(笑)。
そうして、ゾルフィーノ豆のマークを付けた、可愛らしいフラスコを売り始めたところ、これがまたものすごく売れました。

ヴァルダルノのゾルフィーノ豆は、「プレシディオ計画」の中にも組み込まれ、国際的にも有名になりました。絶滅の危機に瀕していたゾルフィーノ豆は「プレシディオ計画」のおかげで2年で30人の生産者の雇用を生み出し、価格は2倍近くに。イタリア中のグルメが求める食材になりました。

以前、このインタビュー(連載)の中でもお話ししましたが、「スローフードの経済効果」を調べるために、イタリアのボッコーニ経済大学が「プレシディオ計画」の検証を行いました。その結果、全ての「プレシディオ計画」が経済効果を生んでいました。最も価格が上がったのはトマトソース用として有名なサンマルツァーノの原種。10倍以上の価格で販売できるようになりました。


――なぜ全ての「プレシディオ計画」がうまくいったのでしょうか。スローフード協会のどのような手法が効果的だったのでしょうか。

やはり、コミュニケーション戦略でしょう。スローフード協会はさまざまな出版物を出しています。また、「サローネ・デル・グスト」など世界的な規模で行われるイベントもあります。「プレシディオ計画」に入った産品は、さまざまな場でスローフード協会がその良さを人々に伝えていきます。イベントに出展させ、ジャーナリストに記事を書いてもらい、コンヴィヴィウムの中でその食材を使った夕食会を地元の有名レストランで開催してシェフに語らせたり。どんどん有機的な環をつくっていくんです。

重要なのは、「美味い!」と思わせることです。「買ってくれ」とは絶対に言いません。ただ、その産品がどれだけ優れたものであるかを、あらん限り、客観的に、畳み掛けるように伝えていきます。

リグリア州のコウナゴ「チッチャレッリ」が「プレシディオ計画」に入った時は、ちょうどEUで小魚の漁業規制が始まった時でした。スローフード協会では、敢えて小魚の伝統漁を「プレシディオ」の中に入れました。

もうお分かりかと思いますが、食べ物を守るスローフードの運動は、日本で言うところの"地域産品販売運動"ではありません。もっと社会的な、政策的な運動です。だから、「それを売りたい」というモチベーションからは動きません。
食べ物というのは土地に対する愛、地域や自分のアイデンティティ、自分の小さい時の楽しかった記憶など、もっと"生々しいもの"でつなぎ止められていますから。
→ (8)へ続く

石田雅芳(いしだ・まさよし)
1967年福島市生まれ。同志社大学文学部美学芸術学専攻、1994年よりロータリー財団奨学生としてフィレンツェ大学に留学。1998年よりフィレンツェ 市公認美術解説員、その後日本のメディアの現地コー ディネーター、イラストレーターなどを経て、2001年より2007年に帰国するまでスローフード国際協会の日本担当官。現在スローフード・ジャパン副会長。