2009年5月26日

奇跡の島、小値賀。

追いつきました……トップページに掲載している海の写真、小値賀島のリポートです。
ここも一度は訪れたい島でした。
というのも、雑記帳の「東祖谷」編で紹介しました、京都で町家を改修して観光客に上質な宿として提供している「町家ステイ」事業を展開する株式会社庵の梶浦社長から、以前より、「今、小値賀で進行中の古民家再生事業がおもしろくなってきてるんですよ。とにかく、小値賀はいいとこですよー」と、さんざん「小値賀よいこと」情報をささやかれてきていましたので。
また、少し前、TBS系のテレビ番組『情熱大陸』を見ていると、なんと梶浦さんと庵の会長であり東洋文化研究家のアレックス・カーさんが!
このときアレックスさんが最後に訪れたのが小値賀町の野崎島。
隠れキリシタンの教会の残るこの無人島で「奇跡の島だ!」と感動する場面。
私もその場に一緒にいるかのような感覚……ああ、いつか小値賀に行くぞー。
このたびその願いが叶ったのです。

訪問の目的は、小値賀町のNPO法人「おぢかアイランドツーリズム協会(以下IT協会)」の活動内容、雇用状況を調べること。
雑記帳「農業バブルに思う」にも書いた、農水省の「農山漁村の雇用力調査」のヒアリングでした。
IT協会を例に、農山漁村のNPO法人の雇用力について考察するのが狙いです。
柿の浜海水浴場.JPG
上の写真は、小値賀島の柿の浜海水浴場です。
どうです、沖縄の海なんて目じゃないでしょう?
なんといっても、この開放感。
サンドウィッチを食べたやぐら.JPG
この日、白い砂浜では地元の親子2組がのんびり遊んでいました。

案内してくれたIT協会の浦西さんとこの休憩所(?)に腰かけ、空と同じ色の青い海を眺め頬をなでる心地よい風を感じながら、浦西さんお勧めの地元の店で購入した手作りのサンドウィッチでランチ。……至福のひとときでした。

小値賀の海2.JPG
小値賀島への旅は、IT協会にコンタクトを取ったときから始まります。
IT協会は、自然学校(自然、農漁業、文化、料理などの体験)から民泊、観光案内総合窓口、物産販売までの総合観光産業事業を行っているNPO法人です。
「小値賀にいらっしゃるならぜひ民泊を」
ならばと、私も民泊することにしました。
まず、広報担当の浦西さんから宿帳のエクセルファイルがメールで送られてきました。
ちょっと驚き。しっかりしています。アレルギーの有無まで書く欄があります。
「どんな民家さんがお好みですか?」
えっ? 浦西さんからのメールに戸惑いました。
まさかイケメンのいるところ…なんて書けないしなぁ……とりあえず、「お料理のおいしい宿に」とお願いしました。
しばらくすると、宿泊する民家のオーナーご夫妻の写真が送られてきました。
民宿きよすみの山田ご夫妻です。
続いて送られてきたのは小値賀滞在の日程表。
「帰りの船までの時間が空いていますが、何か他に取材されたいところがありますか」
実にかゆいところに手が届く気の遣い方です。
私はヒアリングが目的でしたから特別に自然体験などは希望しませんでしたが、通常は顧客の好みのアクティビティを聞き小値賀滞在が最大限充実した時間となるようカスタマイズしてくれます。

次に、佐世保駅から港までの道、船の乗り場までの案内が送られてきました(小値賀までは佐世保港から船のみ。2年前に小値賀空港は閉鎖されました)。
そして、「高速船に乗る前はお食事はされないほうがいいと思います」
そんなに揺れるのか! しかも2時間も。
これは乗ったらすぐ寝るに限ります。
福岡から入り、翌朝佐世保までJRで向かう予定にしていた私に、
「天候が心配です。もしも高速船が欠航になった場合は、○時と○時の船にお乗りください」
朝6時に起きてインターネットで気象をチェック。
電話で長崎の気象予報を聞いて、波が高くないことを確認。予定の列車に乗り込みました。
何から何まで丁寧できめ細かい情報提供。頼れる旅のコンシェルジュです。
IT協会が、2008年度JTB交流文化賞、第6回オーライ!ニッポン大賞グランプリ(内閣総理大臣賞)を受賞するなど各界からの高い評価を得ている理由がわかったような気がしました。

さて、高速船は…予想通り揺れました。波の上をドドドドッと滑るリズミカルな縦の振動は、意識すると気持ち悪くなりそうだったので、乗船早々「寝ころびエリア」に行き、横になりました。
しかし、地元民とおぼしき皆さん方はイスに座って平気な顔をしておられました。
すごいです……。

小値賀港に到着。
ターミナル内にIT協会の事務所があります。
メールでやりとりした浦西さんが出迎えてくれました。笑顔のすてきな明るい女性です。

まずはIT協会で働く島外の若者へのインタビュー。
同協会では現在9人の常勤スタッフが働いています。
うち7人がIターン者(20代1人、30代4人、40代2人)です。
2009年度にjはさらに2名増員するとか(1名は島在住者)。
ここに、浦西さんを含む若いIターンスタッフ4人を紹介しましょう。

浦西さん.JPG ←京都府出身の経理総務・広報担当の浦西れいなさん(30歳)。関西で編集関連の仕事をしていたが、テレビで野崎島を知り、自然学校の子どものキャンプリーダー募集で来島。以来、多忙な仕事の合間を縫い休みともなれば小値賀を来訪。高砂さんよりIT協会事務局に誘われ、2年前に移住、入社。
かおるさん.JPG ← 原田薫さん(28歳)は福岡県出身。総務・広報担当。大学2年のときにまちづくりのゼミで来島以来小値賀のファンに。その後も「生活の一部」になるほど頻 繁に小値賀を訪れるようになり、自然学校の子どもキャンプリーダーとして浦西さんと出会う。番組制作会社、大手アウトドアメーカーを経て約1年前に移住、 入社
柴田さんサイト用.JPG ← 長崎市出身の柴田卓也さん(32歳)は、2009年2月入社。前職は、土木関係の仕事、商社、ブラジル人IT技術者の外資系企業への派遣業。九州で働きた いと、インターネットの転職サイトで見つけて応募したところ、「島暮らし体験ツアー」を薦められ参加。面接時に披露した小値賀での夢の一つは、実家の饅頭 家の小値賀支店を誘致すること。
亀津さん.JPG ←今年 度新会社「KKおぢかまちづくり観光公社」(後述)が立ち上がる。そのキーマンとなるのが福岡県出身の亀津淳司さん(38歳)。現在は、国際交流・自然体 験活動担当。2008年8月より勤務。エコツアー専門旅行会社の代表社員時代に高砂さんと出会い、誘われ、「小値賀のミッションと自分のそれが重なってい る」と移住を決意。ネイチャーガイドとしての長年の経験も持つ。

彼ら、優秀な若者をスカウトしたのが、IT協会の専務理事・高砂樹史さん(43歳)です。
1999年まで夫婦共に秋田県に拠点を置く劇団わらび座の劇団員でした。
わらび座は、民族・伝統芸能を中心にした演目に定評ある劇団です。全国各地のみならず海外公演も行い、本拠地のある「たざわこ芸術村」にはわらび劇場を、愛媛県東温市にも坊ちゃん劇場を有します。たざわこ芸術村では、修学旅行生の受け入れも行っています。
劇団員として公演で全国を回りながら、子育てに適した環境を探していました。
いっ たんは奈良県の明日香村に落ち着くも、「車でちょっと行けば都市がある」“中途半端な”環境に、さらに“田舎”を目指します。知人が移住した長崎県の平戸 市も、「コンビニがあったからダメ」。同じく五島列島の小値賀町を訪れ、昭和30年代の家並みが残る風景に、「求めていた田舎を見つけた!」と定住を決め ます。
米づくりをしながら、のんびり島で子育て。週4日の手伝いで始めた観光の仕事でしたが、そのうち島の現状が見えてきました。
高齢化率は長崎県下一の42%。
「たいていの日本の田舎は1~1.5時間も車に乗れば街に行ける。でもここは船しかない。簡単に佐世保に通えない。だから20代、30代の若い人がごっそりいないんです」
さらに高砂さんは言います。
「高校を出たら仕事がないから島に住めない。この町で子どもを産み育てられるのは役場職員ぐらいですよ」
当時、小値賀町では自然体験教室の実施で実績を積みつつありましたが、まだまだ町の活性化に寄与できるレベルではありませんでした。
その上、補助金なしには運営できない状況に高砂さんは疑問を持ちます。
「悩みましたね」
ここで一歩を踏み出し、本格的に町の観光に携わるか否か。
「かかわれば、間違いなく多忙になります。子育てするためにこの島に移住してきたのに。嫁さんにも迷惑かける」
夫妻は話し合い、高砂さんは決心します。
「このまま島が老人ばかりの島、あるいは無人島になってしまってもいいのか? おそらくうちの子が20歳になる前にそうなる」
高砂さんは町に提案します。事業を実施することで収益を上げていく「事業型NPO」の設立です。
補助金消化型観光事業から脱却したかった町は、議論を重ねた末に、2007年にNPO法人おぢかアイランドツーリズム協会を立ち上げました。
最も大きな自信となったのが、アメリカの民間教育団体「ピープル・トゥ・ピープル」の国際親善大使派遣プログラム(PTP)への取組みです。約1カ月間にアメリカの高校生約20数人×9グループ=180名を素顔の小値賀のまま温かくもてなしました。
その結果、世界各地で行われたPTPプログラムの中で、平戸・小値賀プログラムが2年連続の世界一に選ばれたのです。
民泊に取り組む民家も、今では約50軒に増えました。
初年度は総収入約6,000万円、集客数約6,000人泊、翌年度は総収入約1億円、集客数約8,000人泊(IT協会の管理・コーディネート料は30%)。
設立2年目ながら、行政からの運営補助金は一切受けず自立経営を確立です。すごいことです!
しかし、
「皆さんそうおっしゃいますが、島の漁業収入が10億、農業が5億、観光収入は1億弱。せめて観光事業収入で5億いかなければ、目標の半分も達成したとは言えません」
と、高砂さん。
IT協会スタッフのように島へUIターンする若者も出てきてはいますが……。
「まだまだ体制に変化を及ぼすほどの影響力はありません。島の少子高齢化は日々進んでいる。島が元気を取り戻すスピードよりも、少子高齢化していくスピードのほうが速い。そのためにはもっと強力なエンジンを積んで急ピッチで前進するしかありません」
そのベースづくりが、今年JTBと提携して受け入れる1200人の修学旅行生の民泊体験でもあります。
けれども「教育旅行」マーケットも競争激化。
民泊のデフレも始まっています。
収益を上げるために大量に回数多く受けることを繰り返すだけでは、いずれ限界がきます。
そこにもう一つの「道」を示してくれたのが、株式会社庵との協働による「古民家再生事業」です。
付加価値をつけた宿とサービスの提供で客単価を上げていく。

海への道.JPG
▲レストランにリノベーションを予定している古民家の庭。木々のアーチの向こうは海。


▼海側から見た同じ古民家。
海への道(外から).JPG

「正直、僕自身、実際に1泊何万円もする宿に本当にお客さまが来てくださるかどうかは半信半疑。でも、これは考えるべき課題でなく、“解決すべき”課題なんです」
やるかやらざるべきかを思案するのでなく、どうすればそれができるのか解決策を見出すこと。
高砂さんのお話は、私の胸に落ちました。
企業誘致も難しい離島。既存のままの体制だけで年間5億を売上げる産業が生み出せるのか?
ゴールははるか先。
IT協会は、さらに今年6月、新しい組織を立ち上げます。
小値賀町専属の旅行会社「KKおぢか観光まちぢづくり公社」です。
最近では、各地で自治体などが地域ならではの情報を生かして体験などの企画旅行=着地型旅行商品を扱う会社を設立する動きが見られます。
そのためには旅行業の免許を取得しなければなりません。
IT協会では有資格者である亀津さんを採用することで取得にかける時間とコストを削減しました。
日々、少子高齢化との戦いである僻村にとっては、事業展開にもスピードが必要です。
「我々が歩く道はけもの道。自分たちの背丈よりも高い草をかきわけながら進んでいくしかない。でもそれがきっと、あとから道を歩く人たちにとって何らかの道導になるはず」
ゆえに、その前進を加速させるエンジンとなる、エネルギーある人材が必要なのです。
「僕も含めIT協会のスタッフはみんなのんびり島暮らしをと思って来たのに、『遊んでるくらいなら仕事しろ!』と言われるくらいに仕事は山ほどあり毎日がホントに忙しい。僕自身もどこかで折り合いをつけながらやってます」

肝心のIT協会を例にとってみた農山漁村のNPOの雇用力について、私は件のリポートに次のように記しました。
「近 年では農山漁村地域のさまざまな分野でNPO法人が活躍している。だが、多くが行政や各種助成金の支援を頼りに組織を維持しているのが実態である。日本で は、農山漁村に限らず、いまだに専従職員が無給に近いNPO組織が散見され、雇用力という点でNPOを見たときには厳しいものがあるようだ。
IT協会の、『行政からの一切の補助金なしの自立経営』を可能しているのは、事業を生み出しその収入で自らのコストまかなっていく事業型NPOという組織形態だ。日本ではまだ数少ない。事業型NPOが自己増殖していく限り、雇用の場は生まれる」
鶏が先か卵が先か。
IT協会が今後さらに雇用を生み出す事業展開をしていくには、それを遂行する優秀な人材が要ります。
核となる人材がいてこそ、すぐれた企画が事業実施を可能にして、収益が上がることで新たな雇用が生まれる……。
まずは「人」。のような気がします。

最後に、家族のように迎え温かくもてなしてくださった「民泊きよすみ」の山田ご夫妻の海の見えるご自慢のテラスでいただいた、ヨシ子さんお手製の草餅とお茶の写真で小値賀の余韻に浸りつつ……。

民泊でお茶.JPG