2009年3月15日

ローズガーデン物語 第4回 役者(2)

chrismas rose.JPG

桜庭さんの奥さまが脳腫瘍の手術を受けられたのは1月末。
ローズガーデンでクリスマスローズが咲き始める季節です。
下向きに咲くこの花の輝きは、一筋の希望。
進路を見失った小舟が自らの明かりを落として陸地の明かりに頼る姿に似ていると、桜庭さんは言います。
ローズガーデン物語第4回。タイトルの「役者」とは誰のことなのでしょうか?
後にガーデン開園につながる点となる出来事が、徐々に線で結ばれていきます。

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平成10年1月26日、H総合病院へ入院した。東病棟3階、6人の大部屋であった。壁を隔てた隣が、テレビのある談話室のコーナーになっていた。夕方になると、「水戸黄門」が始まった。入院患者でも歩ける元気な老人たちが集まって来た。
テレビの音声とおしゃべりする人々の声が、気になった。健康体であればさほど気にならないのであろうが、これから手術を控えている患者にとっては、やり切れなかった。
妻と相談して、手術した翌日から個室に入ることにした。
「特別室しか空いていませんけれど、よろしいですか?」
看護師の説明を受け、特別室を見せてもらった。ベッドの他に、トイレが付いたユニットバス、小さいながらキッチンと冷蔵庫、テレビ、ロッカーが備え付けてあった。2週間程度で退院できる、という見通しがあったことから、この部屋を利用することにした。
妻は、入院したその日の夕方、看護師の手で頭髪を落とした。妻の目は、涙にあふれていた。初日から個室にすればよかった、と後悔した。

バラの中に埋もれているカエル.JPG

▲入院患者各人に、他人にはわからない事情がある。だから「ひとり」。バラの中に潜むカエルにもわけがある。

翌日午前10 時、妻の手術は始まった。
窓の外は、冷たい北風が吹いていた。
妻の両親が来てくれた。義父は、昔脳溢血を患って右足が不自由である。杖をついてきた。
談話室にある週刊誌を開いても、文字を追う気にはなれない。途中お弁当を買いに近くのスーパーへ行くのが、精一杯であった。
午後4時過ぎ、妻の手術が終わった。
予定通りの時間であった。
手術の説明を受けたときの部屋へ通された。
速水医師は、VTRを早送りにし、肝腎の場所で通常のスピードに戻した。
「ここに白く見えるでしょ。これが腫瘍です。電気メスで、きれいに取り除きましたから。たぶん良性だと思いますけれど、念のために細胞診に回します」
速水医師は、ジャムビンに似たガラス容器の中の水に浮いている白いふやけた団子状の物を見せた。これが、妻の頭痛の原因になっていたのか。良性であることを願った。
それにしても、VTRの映像の中には、一組の手しか見えなかった。生え際から頭皮をめくり上げ、額の上部を円形にくりぬく。腫瘍を取り出した後は、円形にくりぬいた蓋をチタン合金で縫合する。頭皮を戻し、額の生え際で縫合する一連の手術である。
無事終わったことに安堵し、速水医師の先輩と二人で手術を行ったのだろうか? という疑問は、間もなく消えた。
事前の説明の際、患者や家族の不安げな顔を見た速水医師は、きっといつもの「茶番劇」を演じたのであろう。先輩医師の都合を聞きに電話をかけてくる振りをして、部屋を数分出ただけのことであったのだろう。
知人の兄が、札幌の大学病院で脳外科の医師をしている。知人によれば、12時間に及ぶ手術でも、1 人で最初から最後までやる、という話を数年後に聞いた。途中で交代すると、手術の手順が狂ってしまうらしい。
外科医師には、職人気質とともに役者の素養が必要なようだ。         (第5回へつづく)

聖護院大根.JPG

▲聖護院ダイコン。カブのように見えてもダイコンである。ダイコン役者とかけている。